林秀晃プロによるスケートイベントが開催されました。
  Thur 16 JUN 2005.受信
6/11(土)埼玉県吉川市の『アクアパーク』で林秀晃プロによるスケートイベン トが開催されました。
梅雨入り宣言直後のイベントで前日夜半まで降り続いた雨にも関わらず、当日は 薄日の差し込む曇り空。
約100名の方が参加してくれました。
木川田直敏、池之上慶太、斎藤正雄、室井忠プロらも会場に遊びに来てくれて、
スケートクリニックなどを手伝ってくれました。 初心者講習、スケートクリニック、チクタク競争、
ハイオーリーコンテスト、じ ゃんけん大会など盛りだくさんの内容のイベントでした。次回は秋を予定しています。
 
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ASRショーへ行ってきました。
  Mon 28 MAR 2005.受信
1月にアメリカのサンディエゴで開催された、
ASR(アクション・スポーツ・リテーラー)ショーへ行ってきました。
トレードーショー内は残念ながら撮影禁止でしたので、その他、カリフォルニアのメジャースケートパーク、
スケート工場見学、遭遇したライダーなどを紹介します。
ASRショーにて
 

BLACK BOX社

VANSパーク
 
TRACKERの工場にて

サンタバーバラパーク
 
ロスの街中にて

POWELL社
 
 
ベニスビーチ

エトニーズパーク

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Mr. George Powell インタビュー
FROM:ムラサキスポーツ Tue JUL 2004.受信
1.略歴
1943年9月12日カリフォルニア州ハリウッドに生まれる。
ハリウッド高校卒業後、スタンフォード大学に入学。
プロダクトデザインを専攻。工学博士号を取得。
卒業後、HP(ヒューレット・パッカード社)でメカニックエンジニアとして活躍。
ついでFMC社、レキャム社を経て1976年POWELL社を設立。

2.スケート、会社を始めたきっかけ
POWELL社説立までの背景
1963年−64年頃
当時のスライド式ローラースケートプレートの片足を2つに切断して、2X4(5cm×10cmの板にネジで固定して、今のスケートボードの原型を作って大学の構内で滑ったのがきっかけとなり、スケートボード製作に興味を持つ。
グリーンスタンプ(当時食品などについていた懸賞カード)を集めて、粘土製ウィ−ルが付いたスケートボードを入手する。サンタバーバラ郊外の自宅近くのスケートスポットでは、後に全米スケートボードチャンピオンとなりスノーボードの神様と崇拝されたトム・シムス、また同様に後の全米チャンピオンでボーンズブリゲードという世界最強のスケートチームを作り、トニー・ホーク、キャバレロ、ランス、グレロ、マッギルをパウエルライダーとして世界に名を轟かせた、ステイシー・ペラルタが滑っていた。
当時トム・シムスはスラローム用ボードを所有していなかったのでジョージ・パウエルはトムと一緒にスラロームデッキを開発。このデッキはウッドの芯材をアルミ板で挟み込み、体重によってフレックスが選択できた。しかもキャンバー付きで、体重移動が効率的にトラック、ウィールに伝わる画期的なデッキが完成した。ボードの裏には75kgとか85kgとかプリントされていたおり、自分の体重な合わせてデッキが選べるというものだった。デッキはクイックシルバー(Quicksilver)と名付けられた。当時アメリカではジョージ・パウエルがクイックシルバーの版権を持っていた。トム・シムスやステーシー・ペラルタの意見を聞いてウィールの開発も始めていた。
時代がこれまでの粘土ウィールからウレタンウィールに代わり、スケートボードの性能が、大きく変わろうとしている時でもあった。スケートが好きだった息子にいいウィールを作ってやろうと思い自宅でウレタンの配合の研究を始めたのもきっかけのひとつ。
 そして1976年、ジョージ・パウエルはトム・シムスと会社を始める。名前はPOWELL Corp. 従業員はジョージの奥さんと奥さんの弟、そして家族。
当初、ファミリーカンパニーでスタートする。
最初の従業員であった奥さんの実弟のV.C.Johnsonは、しばらく工場を任されていたが、ボードのグラフィックアートを手がけたいと言い出した。彼はデザインの才能があるのをジョージは知っていたので独特のデザインを依頼した。完成したのは、スカル&ソード
当時はレイ・ロドリゲスというプロのモデルとしてデビューした。どこにもない衝撃的な グラフィックと形で
注目の的となり、後には日本ではのぞきボーンズと呼ばれている、R.I.P.やキャバレロが大ヒットとなる。そして当時最もホットなプロの一人であったステイシー・ペラルタがG&Sを離れ、ついにはジョージ・パウエルとともにPOWELL PERALTAという会社を設立し、マーケティングを担当する。こうして世界一のスケートブランドが誕生した。


3.スケートボードに関わってきた人生の中で最も深かった出来事上位3つ
・色々なアーティストと一緒に仕事をしたこと
・商品開発をして誰もやったことのない商品を出したこと。
・トニー・ホーク、キャバレロ、ランス・マウンテンなどの
すばらしいプロスケーターと一緒に仕事が出来たこと。


4.アメリカのスケート業界の現状
昔がそうであったようにスケートボードにはプール・ライディング、ランプ・ライディング、ストリート、スラローム、フリースタイルがあります。色々な楽しみ方があります。
12段の階段をスケートボードで飛び越すことはほとんど人は出来ませんが、スラローム、フリースタイルは誰でも出来るスケートボードのテクニックです。ポジティブに考えていけばそれぞれの分野で勝ち組になれます。これは競技という意味でも、またビジネスという意味でも言えると思います。アメリカのビジネスの現状は以前に比べて厳しい状況にありますが、我々はそういう人達にももっとスケートボードを楽しんでもらうためによい道具を供給することで業界に貢献したいと考えています。


5.日本のスケートシーンについて感じること。
日本の市場はアメリカに比べて極少ではある。それは文化の相違から来ているものと考える。しかし、アメリカの影響でハードコアなスケーターも日本にもいるのはわかっています。日本のスケーターの技術は高いです。アメリカのスケーターが日本に来たら、ファッションの違いに驚くと思う。日本は独特の着こなしがありますね。


6.今後の展望(個人と会社)
Skate One(Powell)をコストパフォーマンス(高品質低価格)の高い製品をもっと出せる会社として生き残りたい。ビギナーからプロまで全てのカテゴリーで満足してもらえる商品でトップを目指していく。
個人的にはいつまでも健康で出来るだけ家族との時間を多く持ちたい。
 

立本和樹から韓国滞在中の写真が届きました
FROM:立本和樹 WED JUN 2004.受信
4/16に韓国で開催されたINCYON 2004 X CHALLENGEで立本和樹が優勝しました。
その時の韓国滞在中の様子です。
 
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04 ASRレポート
FROM:スケートボードバイヤー 村上仁(写真提供:萩原) THU 29 JAN 2004.受信
1月16日―22日の日程でアメリカ、サンディエゴにて開催された
ASR(アクション・スポーツ・リテーラー)ショーに行きました。

ショーの様子はこちら

         
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今回のアメリカで感じたことは、パブリックパークが増えているということ。
以前のそれと違い、設備の整ったパークが多く建設されていました。
多くは市によって管理されており、スケートメーカーが運営面での協力を
しているところもありました。利用料は無料である事が多く、
デザインも非常に凝っており、あらゆるレベル、スタイル (年齢)等に対応が可能なパークが多かったです。

パークの増設によりスケートボードの社会的地位が向上し、
スケートボードを始める環境が整ったためかキッズ、レディースの台頭が目立ちました。
また、パークデザインにボウル等が多く取り入れられ、滑るための環境が
整い始めているため、スケートボーダー年齢層の拡大があり、
オールドスクールの台頭が目立ちました。


AJSA第4戦スケートボードサーキット
  Mon 25 AUG 2003.受信
8/24(日)栃木県黒磯市にある『レッド・ハット スケートパーク』でAJSAプロシリーズが開催されました。

今年の夏は涼しいを通り越して、寒い日が続いていましたが、この日は打って変わって37℃という猛暑となりました。

選手にとってはハードなコンディションではありましたが、今回の大会にはムラサキスポーツから
5名の選手がエントリーし、ムラサキ勢は非常に検討。
決勝進出の8名のうち、立本和樹、北村浩一、林秀晃の3名が決勝まで駒を進めました。

今シーズン怪我の目立っていた立本は、トレーニングの為8/13から現地入りし調整を重ねていたようで、
その甲斐あってか見事に初優勝を飾りました。
コンテストでは常に上位に食い込む立本が、AJSA初優勝というのは意外でしたが、本人は本当に嬉しそうでした。
その他、ベテランの北村も安定した滑りで5位。林もプロ入り初の7位に入賞となり、喜びもひとしおのようでした。

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チームムラサキ札幌ツアーレポート
FROM:ムラサキスポーツ Thu 19 JUN 2003.受信
7/12〜14『四番街祭り』で札幌4町目プラザ前交差点にてムラサキスポーツ所属
プロライダーによるストリートデモンストレーションを開催しました。
参加したライダーは、木川田直敏、中島壮一郎、立本和樹、早川大輔、林秀晃らプロと、
アマチュアながら今回一番会場を沸かせていた林正翔ら6名です。
プロのデモといっても、なかなかこれだけの人数が揃うということは珍しく、
非常に迫力のあるデモで、スケートボードをやったことがない方も、足を止めプロの演技を応援してくれました。
デモのあとに、最近できたという札幌郊外のスケートスポットへ。
駐車場からすぐのスポットにはびっくりするくらい大勢のスケーターが集まって
いました。さらに、公園の中を車で移動し、徒歩で15分ほど歩くとなぞのピラミッドが迎えてくれました。
大理石のカーブでビデオセッションが開始。
そのセッションは日が暮れるまで続きました・・・おなかいっぱいに滑ったはずのライダー達ですが、
まだまだ時間が足りないといった様子で、札幌ツアーを心 から満喫していました。
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林秀晃プロからサンフランシスコトリップのレポートが届きました
FROM:林秀晃 Thu 19 JUN 2003.受信

この前の冬に、初めての海外トリップを決行しました。
今回の行先はサンフランシスコ→ロサンゼルスです。
今回は本当に沢山の刺激を受けました。AJSAがOFFになる7月頃、再度渡米の予定です。

1/11

成田空港にて。1月なので
もちろんセーターを着ています。

1/12

サンフランシスコの空港。着いたら
雨上がりでむしむししていました。

1/13

今回の旅でお世話になった後藤君
カレーライスを作ってくれました。

1/13

到着して2日目にして、いきなり
ニキールサイヤー(Western edition)とセッションしたバンク。

1/14

初めてのFTC。意外と小さい。

1/14

ベイブリッジとかもめ

1/16

エンバーカデロ通り
 

1/17

サンフランシスコ在住のスケーター、しょうたろう君

1/17

ニキールとジョン・イゲイ

1/18

ゴールデンゲートブリッジの
近くのもの凄くキツイバンク。

1/18

岩崎進吾(左)とパットワシントンとブラッドジョンソン(中/右)と滑ってきました。

1/19

スラシャーのトレードショー1日目。
DLXにも行った。
  パークではコンテストをやっていて、(左)夜はライブが開催されていて楽しかった!(右)

1/19

この日は4sight(フォーサイト)の丸山しんたろうと、小室ゆうし君が家に増えた。

1/20

今日はメトロラウンジの
古山君が来た。

1/20

ブラックレーベルの
ビデオの試写会。

1/20

夜中に食べたデリバリーの
XLのピザはでかい!
 

1/21

FTCのケントのメンバーMovidaで。
 

1/22

H.U.Fに行った。全世界に7足しかないAir Force Oneがあった。
 

1/23

VANS Parkに行きました。
ショッピングモールの中にあって、とてもでかかった!行きも帰りも1時間迷いました。

1/24

サンフランシスコの町を見学。坂だらけ!プッシュが楽しかった。

1/26

この日からロサンゼルスのASR(アクションスポーツのトレードショー)に行きました。

1/26

エルウッド、エステティックスのブースは、近くのカフェの中でした。
 

1/26

FTC、Weのブース。

1/27

LAの道は広いよ!

岡山スケートレポート
FROM:早川大輔 Tue 3 JUN 2003.受信

6/1(日)岡山県岡山市にあるASPOにてムラサキスポーツ岡山店の主催する
スケートボード大会のジャッジ&デモに行きました。
岡山には1年に1度位の割合で訪れていますが、ASPOができて初めて行った3年前に、
岡山のスケーターが『こうなったらいいな』と思ったレベルになっていました。驚き!
環境とそれを支える人と向上心があれば上手くいく良いお手本だと思います。
ムラサキスポーツがスケーターをサポートして、こういったケースを作っていくのは
とても良いことだと思います。
岡山周辺のスケーターのレベルはとっても上がっています。しかもかっこ良く。

大会会場となった『ASPO』
岡山で有名なスポット『リサーチパーク』

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